スタンダード
下の子供が4月から保育園の上のクラスに進級する。今通っているところは年齢によって通う場所が変わる。家から歩いてすぐのところにあったのが、自転車を使って送り迎えをする事になる。自転車も古くなってきたし、これを機にそろそろ電動機付き自転車に買い替えようという事になり、都会にある大型の家電量販店に行く。
平日という事と、昨今の状況で人もまばら。
だだっ広い店内はほぼ貸切状態。
そこへ仕事の無茶な引き継ぎのメールがきたが、少しのイライラを覚えながらも、それを隠しながら自転車のフロアにたどり着いた。
めちゃくちゃデカいフロアにずらっと並んだ自転車は、そこそこ大きな駅の駐輪場くらいある。どれもこれも見た目は似ているものだから目移りでトランス状態。
といっても、自転車を選んでいたのは妻の方で、自分は同じフロアにあったキャンプ用品のコーナーで、上の子供ときゃっきゃとはしゃぎまくっていた。
さっきまでのイライラは何処へ。
椅子に座ったり、テントの中で寝転んだり、キャンプへの妄想を膨らませている途中で、映画「リバー・ランズ・スルー・イット」をふと思い出す。きっと"自然"というキーワードのせい。マーク・アイシャムの音楽も大好きだ。スウィングジャズといえば、未だに劇中で主人公が彼女とダンスするシーンを思い浮かべるほどあのシーンが好きだ。圧倒的な大自然の美しさ、出演者たち全員の細やかな演技、監督のロバート・レッドフォードがノンクレジットでナレーションしてるのも。主人公の少年時代を、ジョゼフ・ゴードン=レヴィットが演じてるのも。何よりそういった全ての要素が、家族の葛藤を描いた脚本を際立たせる一要素として存在しているところ。自分の感情の至る所のツボを刺激する。
「あぁ全部揃えてキャンプしたいよなぁ…」とテントに開いた天窓の向こうにある天井の、さらに向こうの大空を思い馳せながら呟く。返す刀で上の子供が遠い目をして、「稼ぎがねぇ…」と呟く。こちらも「そうでしたねぇ…」と、お約束のシニカルなやりとり。それを何度か繰り返して自転車売り場に戻る。
ちょっとしたコースのような試乗スペースで、今まさに妻が試乗しようとしているところだった。一周して戻って来た時には、「わたしこのまま購入しちゃうよ顔」で自分にも試乗を促す。
それではと、一漕ぎ…二漕ぎ…。買うよねこれは。
「あなたも凄さが分かったのだから、わたしこのまま購入しちゃうよ顔」の妻はそのままスタッフの方に購入を申し出るも、コロナで部品供給の目処がたっていないからいつ入荷があるか分からないという事らしい。
妻の落胆の表情に、愛おしさを感じたのが妙に悔しい。
何でもない休日は、少しの時間だけいつもの日常を取り戻していた。