phatback

…あれとかこれとか。

天津飯とセレナーデ

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「今何食べたい?」と聞かれると、大体いつも「天津飯」と答える。赤くて甘い餡じゃない方。茶色い餡の方。
具は何も入ってないやつ。卵だけのやつ。
卵とご飯と餡だけで出来る、限りなく削ぎ落としたシンプルな天津飯が好きだ。
数年前に理想の天津飯を出す中華屋を見つけた。
夫婦で営んでいたと思われるその店は、日本人の大将と中国人の女将が大体いつも喧嘩していた。客が少ないから、店が傾いてるのか。国が違えば価値観も違うのか。結婚する前に盛り上がりすぎて、相手を深く知るに至らず結婚してしまったのか。はたまた両親に反対されて駆け落ちしてからの苦労してお店開くとこまでいきました的パターンか。注意深く耳を澄ましてみるも、理由までは分からなかった。


ある日行った時に、やはり天津飯を注文したら、いつもよりかなり多めの量の山になっていた。
「明日ヤスミダカラ…大盛リニシテマス…。」と女将。照れ臭そうにはにかみながら言う。こんな美味い天津飯を出す上にこんな人情まで。
行った時には大体客が少なかったので、是非ともこの事をSNSで拡散しなくてはと思うのだが、そもそも自分は細々とチマチマとマゴマゴとSNSをやっている身。インフルエンスも出来るはずもないので、「女将。取り敢えず自分のペースで通わせて頂くよ…」と心の中で誓いを立てる。
近所にあったので、ついつい行きたくなってしまうのだが、綺麗な女性だって毎日見てたら飽きる。あんまり通い過ぎて味に慣れ過ぎて美味しく感じなくなってしまうのを恐れて頻繁には行かなかないようにしていたが、味に慣れない程度に適度なペースでなるべく通うようにしていた。
それがある日閉店して、別の台湾料理店に変わっていた。綺麗な女性も見飽きたら見飽きただけの良さもあるし、別の内面により目を向けて良さを感じたかもしれない。もの凄く後悔したが、居抜きで出来たと思われる新しい台湾料理店に行ってみることにした。もしかしたら同じ夫婦がテーマを変えてリニューアルしたのかもしれない。売上が芳しくないから心機一転。もしくは夫婦喧嘩の果てに離婚して、大将が新たに一人でやりはじめたとか。もしくは別の女と一緒にか。あの女将の人情は無くなってるかもしれないが、取り敢えず味だけでも守ってくれていればいいと淡い期待を抱く。
テーブルに来た天津飯の餡は赤い。


もっともっと見つめていればよかった。
深く理解をしようとすればよかった。
時間や環境にかまけて、人はいつだってなくなってから気付く。何度も忘れては気付かされているのだから、もうそろそろ忘れないでいよう。今は今しかないのだ。人生の先輩達が経験してきた、使い古されてきた当たり前のシンプルな言葉がどうやっても的を得ているはずだ。

そこにはいつも感謝を。
これは天津飯の話ではない。

 

TOM WAITS / SAN DIEGO SERENADE
https://www.youtube.com/watch?v=EQwIlI9oKkQ